東京高等裁判所 昭和53年(ネ)3286号 判決 1980年7月24日
控訴人(被告)
坂本計義
被控訴人(原告)
大城興業株式会社
ほか二名
主文
一 被控訴人大城興業株式会社に対する本件控訴を棄却する。
二 原判決中被控訴人金城紀夫の勝訴部分を次のとおり変更する。
1 控訴人は被控訴人金城紀夫に対し金一〇一八万五五九四円及び内金八六八万五五九四円に対する昭和四九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人金城紀夫の控訴人に対するその余の請求を棄却する。
三 原判決中被控訴人金城ツルの勝訴部分を取消す。被控訴人金城ツルの請求を棄却する。
四 訴訟費用は、被控訴人大城興業株式会社と控訴人との間では控訴費用の全部を控訴人の負担とし、被控訴人金城紀夫と控訴人との間では、被控訴人金城紀夫について生じた費用の全部及び控訴人について生じた全費用の三分の一につき第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人の負担、その余を被控訴人金城紀夫の負担とし、被控訴人金城ツルと控訴人との間では第一、二審を通じ、控訴人について生じた全費用の三分の一を被控訴人金城ツルの負担、その余を各自の負担とする。
五 この判決は、右二の1のうち金八六八万五五九四円及びこれに対する昭和四九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員の支払を命じた部分に限り、被控訴人金城紀夫が金二〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
控訴人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの控訴人に対する各請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴人らは夫々控訴棄却の判決を求めた。なお、被控訴人金城紀夫は、当審において、本訴請求中元本金一一五〇万円に関する部分を減縮した。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する(ただし原判決八枚目表五行目の「工場現場」を「工事現場」と訂正する。)。
控訴人は、
一 被控訴人金城は衝突直前、その進行方向に向つて道路左側に止めてあつた耕運機を避けるため、控訴人の進行する対向車線に入つて進行したが、右耕運機の止まつていた位置は、その前端が現場附近にある萩平二三号電柱よりも本庄寄り九・六メートルの地点、衝突地点は同電柱から本庄寄り三六・八メートルの地点であつた。
そうすると、右耕運機の前端から衝突地点までは僅か二七・二メートルしかないから、時速五八キロメートルの速度で耕運機を避け対向車線に完全に移つた被控訴人金城の車両(車長九メートルの大型トラツクである。)が完全に自己の車線に復していたとは到底考えられない(原審における被控訴人金城の車両の速度及び耕運機の位置に関する主張は、以上のように改める。)。実際に、被控訴人金城の車両は衝突の時までなお控訴人の進行車線内にあり、同車線内で、横向きになつて滑走している控訴人の車両の左後部に衝突したのである。
二 控訴人は、被控訴人金城の車両がカーブを曲り終つて前方にその姿をあらわした時点では、いまだ同車両が自車線を走つているのか反対車線を走つているのか確認の方法がなかつたし、金城の車両が反対車線を走行していて自車線に復する気配を示さないことを覚知した段階では、急ブレーキをかけるのが、唯一の措置であり、それ以外に衝突回避の手段はなかつた。
一般に自動車の運転者は、対向進行する自動車のある場合、つねに対向車が自己の車線に進入するかもしれなこいとを予想してそのような場合でも衝突を避けることができるよう前方を注視しあらかじめ減速徐行するといつた注意義務を負うものではない。却つて、道路上の障害物を避けるため対向車線に進入しようとする被控訴人金城が、対向車のある場合安全な離合が可能かどうかを確め、徐行・停止等の措置をとつて衝突を回避すべき注意義務を負うのである。
従つて、本件の場合、安全の確認を怠り時速五八キロメートルの速度で対向車線に進入進行した被控訴人金城に一方的な過失があり、控訴人には過失がないというべきである。
三 控訴人は本件事故に関し浦和地方裁判所熊谷支部に業務上過失傷害及び道路交通法違反のかどで刑事訴追を受けたが、昭和五四年六月二〇日業務上過失傷害の点については無罪の判決が言渡され、同判決は確定した。
と述べた。〔証拠関係略〕
被控訴人らは、
一 控訴人主張の右一、二の事実は争う。三の事実は認める。
二 仮りに控訴人主張のとおり耕運機の前端から衝突地点までの距離が二七・二メートルであつたとしても、同距離が追越を完了して自車線に復するのに十分なものであることは追越完了距離算出の方程式にてらして明らかであり、事実被控訴人金城は衝突時完全に自車線内に復していた。
従つて控訴人はそのまゝ自己の車線を走行していても被控訴人金城の車両と離合できた筈であり、少しく速度を落せば何の危険もなく離合できる場合であつたのに、運転未経験と未熟のため慌てふためいて急ブレーキをかけスピンを起こしたものであり、またスピンを起こしてもブレーキを何回か踏み直せば車の姿勢を正すことが可能なのに、技量未熟のためブレーキを踏み放しにして姿勢を正すに至らず、そのまゝ被控訴人金城が復すべき反対車線に向つて横向きになつて滑り込んでしまつたのである。
従つて本件事故は専ら控訴人の過失に基因するものというべきである。
三 被控訴人金城は第一審被告西部建設株式会社との間に成立した訴訟上の和解により、弁済期到来分の賠償金一一五〇万円の支払を受けた。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
一 事故発生の事実について
請求原因1の本件事故発生の事実は当事者間に争いがない。
二 控訴人の過失について
当裁判所は、本件事故については控訴人に過失があるが被控訴人金城にも過失があり、その過失割合は各五割であると判断する。その次第は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決一一枚目裏六行目から一六枚目裏五行目まで及び二〇枚目表五行目から二一枚目裏三行目までの説示と同一であるからこれを引用する。
(1) 一二枚目表七行目「運転業務に従事し」を「工事現場を中心に運転業務にも従事し」と改める。
(2) 同裏五行目「三〇センチメートル」を「六〇センチメートル」に改める。
(3) 同裏末行から一三枚目表初行にかゝる「一〇〇ないし一一〇メートル」を「八七・六メートル」に改める。
(4) 一三枚目表六行目「道路の」から九行目終りまでを「道路のカーブを曲り終つたところの道路左側(萩平二三号電柱を真横に見たところから本庄寄りに約一〇メートルの地点を先頭にして)に耕運機(幅一・三メートル位・全長三・五メートル位)が車道に幅約一メートル位はみ出るように置かれていたので、時速を四〇キロメートル位に減速しながら、これを避けて対向車線に一旦進入し、その脇を通過しようとした。」と改める。
(5) 一三枚目裏四行目「滑走しながら自車線内に」を「滑走し道路を塞ぎながら自車線の方向に」と改める。
(6) 同六行目「惹起」を「発生」に改め、七行目「衝突地点」の次に「附近」を加える。
(7) 同九行目「前部」の次に「の大部分」を、一〇行目「後部」の次に「の半分位」を、夫々加える。
(8) 一五枚目裏三行目「前記認定のとおり」から七行目「更に」までを削る。
(9) 一六枚目表初行「感じた」を「感じられた」と改める。
(10) 一六枚目表四行目の次に「当審において提出援用された成立に争いのない甲第七号証(入貞樹の司法巡査に対する供述調書)の供述記載、証人入貞樹、同斎藤国男の各証言、被控訴人金城紀夫及び控訴人坂本計義各本人の供述中前記認定と牴触する部分はいずれも採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」との判断を加える。
(11) 同七行目「一〇〇ないし一一〇メートル」を「約八七・六メートル」と改める。
(12) 同一〇行目「回避できたのに、」の次に「運転免許をもたず、路上運転の経験に乏しく技量未熟であるところから、」を加える。
(13) 一六枚目裏初行「危険を」から五行目の終りまでを「危険を感じ狼狽して急制動の措置をとつたためにスリツプして横向きになつたまま反対車線の方に向つて滑走し、自車線に戻ろうとしていた被控訴人金城の車両の進路を塞いでその復帰を妨げ、同車両に控訴人の車両後部左側を衝突させたものであり、従つて本件事故は控訴人が運転の操作を誤つた過失に起因するものと認定するのが相当である。
控訴人が本件事故に関し、刑事事件においては業務上過失傷害の点につき無罪の判決を受け、これが確定していることは当事者間に争いがないけれども、証拠関係を異にし、且つ有罪判決には合理的な疑の余地を残さない厳密な証明が要求される刑事事件において無罪の判決が確定したからといつて、民事事件において控訴人に過失ありとする判断が妨げられるものでないことは言うまでもない。」と改める。
(14) 二〇枚目表一〇行目「被告」から同裏三行目「惹起した」までを「控訴人をして被控訴人金城の車両が控訴人の進行車線をそのまゝ進行するものと思い誤らせ、急制動措置がひき起したスリツプによつてその操縦の自由を失わせ、本件事故を惹起せしめた」と改める。
(15) 二〇枚目裏一〇、一一行目「態勢で」の次に「なるべく小幅に」を加える。
(16) 二一枚目表一、二行目「これを」の次に「確認したことを」を加え、二行目「原告金城」から八行目「採用できない。」までを削る。
(17) 同九行目「反対車線に」の次に「大幅に」を加える。
三 被控訴人金城の損害について
当裁判所は、被控訴人金城の弁護士費用以外の損害額(過失相殺の事由となる同被控訴人の過失を考慮の外においた場合の慰藉料額を含む)を総額六四三〇万六三〇七円、過失相殺を施し且つ弁済(ないし損益相殺)された金額を控除した残額を八六八万五五九四円と判断するが、その次第は次のとおり付加訂正するほかは、原判決一六枚目裏八行目から二〇枚目表三行目まで、及び二一枚目裏四行目から二二枚目表七行目までの説示と同一であるからこれを引用する。
(1) 一六枚目裏一〇行目「左膝」を「右膝」に改める。
(2) 一七枚目表六行目「原本の存在とも)」の次に「同第四号証」を加える。
(3) 同末行「六月三日」を「六月二日」に改める。
(4) 一八枚目表八行目「原告金城は」から末行「証拠はない。」までを、「当審における被控訴人金城紀夫本人の供述及び弁論の全趣旨によると、同被控訴人は単身川崎市内に居住して被控訴人大城興業に勤務していたもので、左大腿切断の手術を受けて高橋外科病院を退院した直後、身の廻りのことが自由にならず面倒を見てくれる身寄りが周囲に居なかつたため、やむなく勤務先の同僚に付添われ家族の住む沖縄に空路帰郷し、自身の片道運賃と付添人の往復旅費合計八万八二〇〇円を負担支出したことが認められる。」と改める。
(5) 一九枚目裏三行目及び四行目の「入院」をいずれも「入通院」と改める。
(6) 二一枚目裏五行目の「金五八一一万八一〇七円」を「金六四三〇万六三〇七円」と改める(右金五八一一万八一〇七円は明白な違算であつて、金六四二一万八一〇七円と更正されるべきものである。)。
(7) 同七行目「請求をしないが」から八行目「加える」までを「請求をせず、これに伴つて控訴人は単にその支給の事実を認める旨を答弁するにとゞまつているが、右答弁の趣旨は治療費に相当する金額が損害の填補として労災保険から支払われていることを主張するにあると考えられるから、前認定の(一)の治療費一九〇万六四五二円を損害項目として計上するとともに、同金額を、過失相殺を施したのちの損害額から控除すべき支払の項目にも計上する」と改める。
(8) 同一〇行目「損害項目」を「各項目」に改める。
(9) 二二枚目表二行目「二九〇五万九〇五三円」を「三二一五万三一五三円」に改める。
(10) 同三行目「労災保険から」の次に「休業補償給付金及び休業特別給付金として」を加える。
(11) 同七行目「一八九九万七九四六円」を「二二〇九万二〇四六円」と改める。
(12) 同七行目に続いて「なお前掲甲第三号証の四により高橋外科病院の治療費一九〇万六四五二円が川崎南労働基準局から同病院に支払われていることが認められるから、右二二〇九万二〇四六円から一九〇万六四五二円が控除さるべきであり、更にその後別に西部建設から一一五〇万円が支払われたことは被控訴人金城紀夫が自認しているから、これを差引くと八六八万五五九四円となる。」との判断を付加する。
四 被控訴人ツルの請求について
原審における被控訴人金城本人尋問の結果によると、被控訴人ツルは被控訴人金城の母として、息子が本件事故に逢い、しかも左大腿切断という重大な障害を遺す事態に立到つたことにつき強い精神的衝撃を受けたことが肯定されるが、当審における被控訴人金城の供述及び法廷における動作から、現在においては同被控訴人は日常生活に相当の不自由があることは否めないにしても、左足を失つた以外の点では概ね心身に異常がなく、従つて一人では身の廻りの用が足せないとか事実上結婚を断念しなければならないような障害があるという状態ではないことが認められるから、被控訴人ツルの蒙つた精神的苦痛は、子の生命を失つた場合に比肩すべき程度ないしそれに著しく劣らない程度には、いまだ至らないものというべきである。
従つて本件事故の直接の被害者でない被控訴人ツルは、独立して控訴人に対しその慰藉を求めることはできないものと言わざるを得ない。
五 被控訴人大城興業の損害について
当裁判所は被控訴人大城興業が控訴人に対し請求し得べき損害額(弁護士費用を除く)を九六万五六六〇円と判断するが、その次第は次のとおり付加訂正するほかは原判決二三枚目表初行から二四枚目表八行目までの説示と同一であるからこれを引用する。
(1) 二三枚目表九、一〇行目にかゝる「一四三万六〇〇〇円」を「一四三万六一四〇円」に改める。
(2) 二四枚目表三行目「一九三万一一八〇円」を「一九三万一三二〇円」に改める。
(3) 同七行目「九六万五五九〇円」から八行目終りまでを「九六万五六六〇円となる。」と改める。
六 弁護士費用について
本件事故の態様、訴訟の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、被控訴人金城、同大城興業が控訴人に賠償を求め得る本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は、第一、二審を通じて、被控訴人金城については金一五〇万円、被控訴人大城興業については金一九万円と認めるのが相当である。
七 そうすると、被控訴人大城興業の本訴請求は控訴人に対し五の九六万五六六〇円と六の一九万円の合計一一五万五六六〇円と内金九六万五六六〇円に対する本件事故の翌日昭和四九年六月一五日から完済まで年五分の法定利率による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その範囲内において同被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、同被控訴人に対する本件控訴はこれを棄却すべきである。
次に、被控訴人金城の本訴請求は、前記三の八六八万五五九四円と前記六の一五〇万円の合計一〇一八万五五九四円と内金八六八万五五九四円に対する前同様昭和四九年六月一五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるにとゞまるから、これをこえて被控訴人金城の請求を認容した原判決を変更して、右限度における同控訴人の請求部分を認容し、その余の部分を棄却すべきである。
また、被控訴人ツルの本訴請求は全部理由がないから、これを一部認容した原判決を取消し、同被控訴人の右部分の請求を棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第九三条第一項、第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉田洋一 蓑田速夫 松岡登)